多田先生が来ないのに下痢している

電通図書館の隣にあるミュージアムでこの間やってたもよおしで、本棚があって、いろんな人の好きな本があって、多田さんが漱石デミアンと松本くんとかいうまんがだったか何か忘れたけど、を紹介していて、デミアンは小学生の時にはじめて読んで、共感したとかだけど、大人になると、何でこんな些細なことを気にしてたんだろうって思ったんだって。

小学校2年生か3年生の時、ともだちのお誕生日会に行って女の子が10人近くいたんだけど、皆で配られたお菓子を食べてたんだけど、どういうふうになってたのか、一斉におせんべいを食べてて、みんなはパリパリ食べてるのに、あたしが食べてる音はボリボリしてるように聞こえて、何で違うのかすごい悲しくなって食べるのやめちゃったんだよね。一人だけ食べてなかったらそのおうちのお母さんにどうしたのとか聞かれてそういったらおかしがられたけど。
すごいよく覚えていて、今も注意する時期なのかふとおもい出したんだけど、バリバリじゃなくてボリボリなのがおかしかったんだと、今になって思うんだよね。松下が悪いんだよ。

今時分、ヘルマン・ヘッセとか、そうだ、ドイツ文学あたしよく読んでたんだなあ。忘れてた。ミヒャエル・エンデの本は重たいから家で読んでた。でもヘッセはなんか怖いから読みたくないんだ。そうだ、bossの広告作ってる電信柱の影の人のもドイツの話だったっぽい。