似非おでんっぽい村上春樹の読み方は架空

 

風に吹かれてすっきりするんじゃなくて、風に吹かれて酔いがさめるどころか余計浸りきってるバカみたいなコメントが多くてちょっとうんざり。

 

大貫妙子シュガーベイブの時の歌みたい。あれだってそこまで酔ってないよ。

 

 

パン屋再襲撃 (文春文庫)

パン屋再襲撃 (文春文庫)

 

  ネットの抹茶とか言うのは架空のものが多い。架空でしかも似非おでんのつもりのようで、飛蚊症で見えるような不思議な幻想が多い。

 

この本は短編ごとに同じ名前の人物でも設定が違うポストモダンのものだけれども、分解まではできていても、そこで文章の意図を俯瞰して見ることができていないし極私的な小さな本屋で偏向した思想の人たちが集って行うような読み方での処理で何も起こしてはいけないと思うんだけれども(だから残念なことに小中学生以下の読解レベル)どれかの話に出てきた帰納法ができていないんだろうと思う。それにひとりの人物が幾人かによって形成されていたとしても、実際にそんな多重人格を可塑性もできてないところだとしたら押し付けてはいけないと思う。

 

そもそも、最初に出てくるものがだから強盗の話だし、メディア度だけでも流用した場合、To doなんてものじゃなくMust doがあり、それを怠った場合それなりのことは勿論あるよ。消化の仕方がその理解がおかしくて勝手なものだからこそつじつまが合わないことで発生する嫌疑は失礼だし、物事を解決しない。酷い人心操作になる場合もあるけどそれもどうせ足りてないくせに不快極まりない。