atashi9's weblog

10だってあるよ

「アイロンのある風景」

 

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

 

 流木の多い地域って、一か所、5家族ぐらいが入れ替わり住んでた地域がある。古いものをつかうにしても、ちょっと無理がある。7と10が強い地域らしい。

今もその傾向があるけど10が全然足りない。それで8が入りやすいし、まして軍事産業を挙げるならば、無意識に荒れる人が出てくることもあるように思う。この話自体はそういう話の後の風景だろう。

 

村上は

 

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

 

 ここで書いた時に使った人物を元にしているような感じなのでこちらだと女性の方は「今は亡き王女のための」と似ている。

 

「王女」というと憧れるんだろうが、「空っぽだ」と本人が言ってるけどそういう場合には寄り付かないのだろう。

さてこの場合、利用されたとかいうことになるんだろうか。

 

さっきしろくまさんが紹介してて見つけた記事だけど、

前から聞いたいことがあるときにはてな界隈を荒らし気味に侮蔑しながらお前らは問題だと言ってくるネットの連中がいるんだけど、本当にためになることを言ってくれてる人もいるけど、妨害みたいな人も多い。この文化が古いなと思う。むかしのらいぶどあがどうのこうのとかいう記事ここのところ見かけるけど、実際こういう文化は古いんじゃないかっていうの、何で書けないんだろう。

大体ずーっとあの会社は対外的にこんなことやってきてたの世間の人はほとんど知らないだろう。あの会社だけじゃなくて、CAもニフティもオプトもそうだ。そしてこいつらも全員、上の話の何分の一か、どちらかというと「王女」だか何だかに進んでなりたがったひとをつかっていた。位の高いものに抽象されると実態がわかりにくくなるけどこういうことなんだろう。

 

ここで問題にされてる人と似てると思った。

承認欲求の畜生界 - シロクマの屑籠

はてなかいわいで話し合ってもらいたいに変えればいいのに

今日はよもよもさんのきじのべんきょうをした - atashi9's weblog

ここでわたしがアメーバで書いていた記事がふざけてのもあったけれども真面目に書いてるのもだいぶあったはずだし、一応中身はあったはずだ。

別に中身がないものがあってもいいんだろうけど、

こんな記事もあった

No more はてなブログ

 

確かに異様に本とか読んでアメーバでも勉強はしてたと思う。たぶん「自己実現」の意味の捉え方が違うんだろうな。自分は認めてもらいたいのに他人のことは認めない、みたいになって来ると最悪だ。わたしがたまに何か言ってるのは私への弊害どころの話でない。

この部分についての質問は受け付けない。あなたが学ぶ内容ではないからだ。あなたに必要なことはその都度書いているつもりだ。